お侍様 小劇場 extra

      “爽籟 来たりて” 〜寵猫抄より


      



木枯らしも吹いたとあちこちから報告されて、
いよいよ この秋も深まりつつある。
陽が落ちての宵にでもなれば、
足元や背中には もう一枚足さねば心許ないほどに、
それらしい薄ら寒さも訪のうているけれど。
いいお日和の中にいる分には、
陽のあたるところからじわじわと、
微笑みたくなる暖かさが広がるようで。

 「にゃあみゅ♪」
 「……あ。これ、久蔵。」

庭木が多いと朝晩の落ち葉かきも日常化するのがこの季節。
まずは熊手で軽く掻き集め、
茂みの上へなどへも降りかかっている分は手で退けてと。
いつもの家事だって忙しいにもかかわらず、
お庭の手入れへも手を抜かずの、
それは丁寧にあたっておいでな敏腕秘書殿であり。
まずはの午前の分をきっちり済ませていても、
夕方近くになれば同じほどの落ち葉が降り落ちているよな、
結構な広さのお庭を、散策がてらに ぐるりと歩めば、
そんな彼について来た小さな坊やが、
前になり後になりして ちょこまか進む姿がまた、
何とも愛らしくってならず。
そちらの方が年下の赤ちゃんなはずなのに、
気がつくとリビングやポーチなどなどに姿がないことも多い、
黒猫仔猫のクロちゃんを探したいのか。
以前ならば近寄りもしなかったアジサイの茂みなどへも、
お顔を突っ込みかかるほど、
散策というよりも“索敵”風に熱心だったりし。

 『猫は縄張りにうるさいともいうしの。』
 『ですが…。』

勘兵衛の言う見解も判らぬではないが、
これまで…例えばカンナ村のキュウゾウくんが現れても
こんな反応は見せなんだ久蔵坊やだ。
例の大人猫の兵庫くんへも ただただ懐いているばかり。
クロちゃんにしても、自分で連れて来たようなもの。
以降もそれは仲良く過ごしているよな、
誰彼という区別なく懐く子なのに、
こうもいきなり“縄張り意識”が芽生えるものだろかと
怪訝そうに七郎次が言い返せば、

 『だからだ。』

作家せんせえ、さもありなんと言葉を続け。
初めて自分よりも小さな兄弟分が出来たことで、
守るとか庇うとかいう意識が生まれたのかも。
家人以外の侵入は許さんという、
積極的な攻めの防衛意識が築かれつつあるのかも知れぬぞと。
陽だまりの中に大人二人で引っ張り出した、
今年 初お目見えのコタツにはしゃぐ猫らを、
それぞれのお膝へ抱えての宥めながら…なんていう、
長閑な団欒の中でご教授くださった勘兵衛で。

 “…そういうものなのかなぁ。”

そうもこうも、実は生き物を飼うのはこの子が初めてな七郎次なのであり。
しかも、日頃の姿が彼の目には人の和子そのまんまと来ては、
いちいち“猫というものは”と、
そこから考え始めねばならないというのもややこしい話。
これを言うと、

 『何を言い出すか。』

猫にはタマネギやチョコはダメだとか、
アルコールもやたら与えてはいかんとか、
人の子供へのアレルギーと同じほどに気を使っておるくせにと、
やはり勘兵衛から苦笑混じりに呆れられもしたけれど。

 “…だってそれは。///////”

命にかかわることじゃないですかと、
むきになった七郎次が、
幼子みたいに頬を膨らませたのがよほど可笑しかったのか。
持ち重りのしそうなあの大きい手でこぶしを作り、
口許押さえて笑い続けてしまわれた様子を思い出す。
文字通りの一笑に付されたと、そこへは むうとも来たけれど、
いかにも男臭い面立ちを暖かく和ませて、
くつくつと楽しそうに笑っておられたのが、
どうしてだろか、こちらへもとっても嬉しくて。

 “赤ちゃんが笑うと訳もなくこちらも笑ってしまうって言うよな。”

何なんですか、その例えは。
(笑)
あの精悍で自分よりも大柄な勘兵衛を捕まえて
選りにも選って“赤ちゃん”はよかったなと。
自分でも可笑しかったものか、
母屋の裏手、裏庭へと差しかかった辺りにてふと立ち止まり、
くくっと短く微笑った七郎次だったのへ。

 「みゃう?」

どしたの?と、小さな久蔵坊やが少し先から振り返る。
さらさらとした金の髪を、今日はうなじにざっと束ねただけでいる彼は、
まだまだ庭木の上から降りそそぐ陽を浴びていて、
玲瓏端正、色白なお顔も眩しいばかりに明るく照らされており。
淡いカフェオレ色のパーカー仕立ての上着の下、
勘兵衛からのお下がりらしき大きめのシャツの襟元から覗かせた、
真白き首元の上に重なる、
細い顎の輪郭が溶け込みそうになってたほど…だったのだが。

  ―― きぃちぃ、ちきききちぃ、と

空気がそれだけ澄んでいたからか、
いやに甲高い調子だったのが悲鳴のようだった、
そんなほども鋭い鳥の声が突然のように轟いて。

 「えっ?」

警戒せよとの声にも聞こえたほどの凄まじさへだろう、
何なになにと、咄嗟に辺りを見回した七郎次の上へ、
唯一 その姿を遮るように落ちていた、
少し先のハナミズキの枝の陰が激しく揺れる。
風が吹き始めた訳でもないのにと、
おややぁ?と小首を傾げて見やっていた、
小さな久蔵坊やの紅色の双眸がぱちくりと瞬き。

 「みゃ…。」

もっと傍らまでと駆け寄りかけた彼の、
やはり金色の軽やかな綿毛を、
後背からどんっと吹きつけた風が勢いよく掻き乱す。

 「……っ!」

はっとして振り返った仔猫の姿は、
もはや七郎次と変わらぬほどの長身の青年で。
そんな彼の、そのまた上の頭上を飛び越して翔って来たのが、

 《 ……クロ。》
 「なぁお、みゅう。」

こちらは姿も変えぬまま、
されど声だけは低められての、落ち着き払った鳴きようをした、
小さなクロが弾丸のように翔って来たらしく。
随分な高さを飛んで来て、そりゃあ見事にすたんと着地すると、
何事かと立ち止まったままだった七郎次の前へ、
前脚と頭を低くしての前傾姿勢、
今にも何かへ飛びかからんと
バネをためているかのような態勢となった仔猫であり。
それを見やった、どこか古風な趣きの匂う、
幾重にも重ねた五色七彩の小袖と、
それへ重ねた裾長な厚絹の道着という姿の不思議な青年。

 《 シチを…。》

短く告げるとその手を前へ。
何も無い空間へと延べられた白い手には、
風の陰がどんどんと塗り重なって形となってゆく何かがあって。
棒状のものがするすると伸びてゆき、
その峰へと走った冷たい光が一閃し、
辺りを塗り潰すほどの勢いで放たれたその間合いへと、

 「な……。」

途轍もない風がどんと吹きつけて、今度は七郎次へもそれがあたる。
七郎次にしてみれば、
見ているものへ、それらが現物であるとの把握が追いつくのが精一杯の、
何とも不可思議な現状であり。
だがだが、夢や幻ではないぞと意識へ叩きつけられたようなその突風は、
彼の知らない姿になった久蔵が、
その手へと握っている細身の刀にざくりさくさくと切り刻まれると
散り散りになっての弱まってゆき。
遠くへ弾かれた風は、弾かれた先で泥のような塊となって、
下方へ滴り落ちながら、その途中で宙空へと蒸散してゆくものだから。

 「きゅ……」

これは一体どうしたことかと、
眼前に立ちはだかる細い背中へ訊こうとしかかった七郎次へ目がけ、
別な方向からの気配が飛び掛かる。
一応は今だに竹刀を振るう彼でもあるため、
常人より多少は鋭い感覚がそれを何とか拾えたものの、

 「  え?」

視野に収まった何かを、果たしてどうと捕らえたものか。
横合いから襲い掛からんと翔って来た何物かは、
敢えて例えるなら昔話に出て来そうな鬼を思わせる風体だったが。
がっしりした筋骨の大男ではなく、
ぬるんとしていそうな質感を、自ら突進する加速にぶよぶよと歪ませていた、
ゲル状の軟体動物みたいな素材だったのが違和感を呼んで…把握の邪魔をし。

 「え? え? えええ?」

何だあれ、何でここに?
横ってすぐ蔵の壁なのに、何であんな遠くからみたいな加速つけて?
……などなどなどと。
思考停止状態にならず、
そりゃあもう沢山の“なんで”が浮かんだものの、
この場合はあんまり“幸いに”とは言えなかったようであり。
何せ、あまりの急転直下で、
しかもあり得ない空間から飛び出しざまに襲い来た相手。
それへと反射的に動けと言われても無理な相談であり、
結果、呆然自失という有り様にも近い
棒を飲んだような“立ちん坊”になっていた七郎次。

 《 …っ!》

久蔵もまた、速やかに気づいての振り返ったが、
何せ真後ろに庇った七郎次の、すぐ横手からという位置がまずい。
刀を伸ばす間にも相手が先んじているのは明白で、
振り返った動作の刻まで恨めしいと歯軋りしかけたその刹那、

   クロ、と

張りがあって伸びやかな、
響きのいい声が厳かに放たれたその瞬間。
七郎次の足元で臨戦態勢にあった小さな存在が、

  しゅっ、と

旋風に飲まれたか、あっと言う間に姿を消して。
コトの流れで、それがあの小さな黒猫だと把握していた七郎次、
それが解けて消えたかとでも思ったか、
悲惨な成り行きへ背条を凍らせた次の瞬間、

  「  え?」

次の新たな風がすぐの間近へ吹きつけたような感触がし、
それがそのまま、彼をくるりと取り巻いて。
え?え?と、再び翻弄されかかり、
辺りを見回しかけた彼の視野は、漆黒の何かに覆われていて。

 「な……。」

自身の背丈よりわずかほど高い壁のような何かは、
くるりと七郎次を取り囲んでいるらしく。
だが、後ずさった背中がついつい当たった感触は、
するんとなめらかで、その上ふわふかで心地よく。

 “何かの毛並み?”

毎日のように仔猫と接している彼であり、
ああそれと似ているかな。
でもでもこうまで長い毛並みって、
自分が埋もれそうな毛並みって、ちょっと覚えがないけどなと。
やはり小首を傾げておれば、

  「大事ない。お主はそこで休んでおれ。」

聞き覚えがあるような、
それでいて“誰の”とはっきり思い出せないような。
そんな響きのする声がして。

  「あ……。」

それだとて、襲い掛かって来た何かと仲間かもしれない、
正体不明なまんまの存在なのにね。
頼もしい落ち着きと、いたわりに満ちていた声に諭されての安心からか、
不思議と警戒は浮かばぬまま、
背中を受け止められた“何か”へ凭れ切っていた七郎次であり。

  《 みゅう〜。》

どこかから聞こえた仔猫の甘えるような声に、
ああクロちゃん無事だったんだと思ったのを最後、
すうっと意識が途切れた彼だった。




   そして


七郎次の横合いの亜空間から、
いきなり飛び出すなぞという反則技を繰り出した輩へは。
彼が式神として仕える唯一の主人、勘兵衛が唱えた咒により、
それが本来の姿であるらしい大きな毛長猫へと解放変化
(へんげ)した、
クロのまといし霊毛による囲い込みに弾き飛ばされての、
その先で待ち構えていた大妖狩り殿の、
お怒りのようよう乗った刃により蒸散させられており。

 《 ……。》

ぶんとの横薙ぎ、他愛ないほどあっけない一閃で、
結構な霊圧の乗っていた存在へ、やすやすと始末を果たした腕も大したもの。
そんな彼の得物、細身の和刀をかたどった精霊刀を、
自身の手のひらから音もなく消えゆくのを見送っていた白い横顔が、
歩み寄る気配に、やはり無言のまま視線を向けて来る。

 「すまなんだな、久蔵。」

母屋の書斎から駆けつけたらしい勘兵衛が、
昼間の明るさの中にこの姿を見てもさして驚きもせぬまま、
大妖狩りの久蔵へと声をかけて来て。
むしろ、少々驚いていたのは、
表情薄い彼なので なかなか判りにくかったものの、
どっちかと言や久蔵の方であろうと思われる。
何せ、

 《 クロ、か?》

あんまり動じてはないようなお顔のまま、
それでもわざわざ白い手かざして、彼が指差した先には…と言えば。
蛇やおろちの性ではなさそうながら、
それでも“とぐろを巻いた”という表現が適切だろう。
ずんと大型になった身で、七郎次をすっぽりとくるんで守っておいでの、
そりゃあ大きな存在がうずくまっている。
猫だったところから変身したにしては、
口元が長くなって犬科に近いような顔付きになっており、
短いそれだった漆黒の毛並みもずんと伸びてのふさふさと、
久蔵には微妙に因縁深い、ゴールデン・レトリバーか、
若しくはシェルティタイプの長毛犬を、
ちょっとした倉庫並みの大きさへと拡大したかのような存在になっており。
是という応じの代わりか、
そちらもふっさりしたそれ、ぱさんと振られた尻尾の向こう、
眠っているのだろう七郎次が、
大猫の背中へ凭れたまんまでいるのが見えたのへ。
やっと安んじることが出来たのか、
力んでいた目元が心なしか和らいだ久蔵なのを見て取ると、

 「本来は月夜見の照る夜にこそ、
  能力を発揮するお主らなのだろうにな。」

だというのに、
日輪のおわす刻限にもかかわらず、その姿を現すとは、と。
彼らの素性を察した上で、
にもかかわらず、七郎次の身へ降りかかった危難をよほどの急とし、
全力は出せずともと、その身を呈してくれたからなのを、
我が身への手助けを感謝するかのように、
殊更 感慨深い声となっている勘兵衛で。

 《 ………。》

謝辞をくれたことを鬱陶しいと思ったか。
それとも 得体の知れぬはお互い様だ、と、
今の今 初めて知った
クロの本性の頼もしいまでの物凄さ、
よくも黙っていたなと言いたいか。
やはり軽やかな金の綿毛の隙間から、
うっそりとやや尖らせた視線がチロリと勘兵衛へ返されたものの、


  「   にゃう?」


あっと言う間にその身が縮み、
小さな小さな坊やが現れる性急さよ。
何があったかという記憶ごと封じたものか、
目の前にいる大きな生き物へ
キョトリと瞬いてから小首を傾げ、
だがだが、勘兵衛がいて、しかもにこやかに微笑っているのへ、

 「みゃう・まうvv」

なぁんだ、シュマダのお友達かぁとでも思ったか。
幼いお顔を愛らしい笑みにてほころばせ、
小さなお手々を伸ばして来ると、
真っ黒な大猫の毛並みを撫でたり、
全身でハグをしたその上で、ぱふりと頬を埋めたりとの大はしゃぎ。
先程までの冷徹そうな様子とのあまりの落差に、
無邪気な仔猫を苦笑混じりに眺めつつも、

 “七郎次の方は、暗示で記憶を消すとして。”

相変わらず、厄介な妖魔や物の怪に好かれる性分なこと、
当の本人はまるきり気づいてないままに、
無難に処理出来たことをこそ幸いとし。
消し切れぬほどもの怖い想いもさせず、怪我を負わせもせずに済んだと、
ほうと静かに安堵の吐息をついた、
作家せんせえこと、陰陽師の勘兵衛様だったようで。

 「………。」

懐ろから取り出した咒弊らしい和紙を一枚、
何かしらを念じつつ辺りの風へと差し出せば、
はたはたたと縁をはためかせつつ、すうと霞んで消えてゆき。

  実は見事な刀使いの、
  金の髪した大妖狩りがそうだったよに、
  まだ知らないことがあった…どころじゃあない。
  事態の核に居ながら、
  なのに何にも知らないままの無垢な青年を、
  何かしらから護り通すのが彼の使命であるようで。

 「…クロ、重うはないか?」
 《 ……。》

訊かれて、そのまま否とかぶりを振る、
漆黒の毛並みをした式神の、大きな頭を撫でてやり。
そんな使徒の背へと埋まっている、
愛しき存在へも眸を向けた勘兵衛。

 「……よう寝て。」

屈託のない無心な眠りへ、
精悍な冴えをおびていた目許を、
するするとゆるめの和らげた壮年殿。
不思議な存在たちを照らす秋の陽は、
何にも告げぬまま通り過ぎる秋風とともに、
ただ静かに彼らを見下ろしているばかり……。





   〜Fine〜  2011.10.26.〜10.27.


  *勘兵衛様が実は陰陽師だったという顛末をご披露したおり、
   Y様から、
   自覚はないし霊感もないまま、
   なのに 悪い物に取り憑かれやすいシチちゃんを
   邪妖から護るお役目の勘兵衛様だったりして…というお声をいただき、
   ついつい“それ良いっ”と飛びついた節操なしです、すいません。

   とはいえ、
   そんな途轍もない設定を匂わせておきながらも、
   これまでもそうだったように、
   そちらの活劇がメインという展開は
   そうそう構えないことと思われます。(こらこら)
   今まで同様、あまり肩を張らぬままの呑気なお話が続くと思われます。
   ので、どうかお気楽にお読み下さいませね?
(苦笑)


  *ところで。
   クロちゃんの出現辺りから、
   ははぁんと気がついていたお人は たんとおいででしょう。
   ええ、そうなんですよ。
   『夏目友人帳』のにゃんこ先生、
   夏目くんの危機には、
   それが本来の姿か大きな妖かしになるじゃありませんか。
   あの極端な落差と、大妖様のカッコよさに萌えまして。
   ついついクロちゃんもそんな存在としちゃいました。
   勘兵衛様も手隙の晩なら、
   猫たちの集会の場でもこの姿を披露してくれるかも知れません。
   (…そういうものとして善いんだろうか。う〜ん)

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